275人が本棚に入れています
本棚に追加
そして翌日。
「こんばんは。東京イミテーションです」
甘いボーカルの一声で、ライブが始まった。都内のそれ程大きくないライブハウス。待ちに待った瞬間。期待通りの歌、演奏、演出。
「すごい…」
思わず口にする。とくにボーカル千葉裕二は自分の理想そのものだった。それは異性としての好き!という感覚より、ボーカルとしてまさに自分がこうなりたいと思う様な。
胸が高鳴り、頬が熱くなる。
ーー しかし。
時間が経つにつれ、心が曇ってゆく。素敵なはずなのに。好きでたまらないはずなのに。いつしか、ステージの「東京イミテーション」に、自分と愛した男のバンドの姿を写していた。
思い出すのは、輝いていた頃の自分。
自分の愛を、歌を疑わずにいられたあの頃の自分。ステージで大好きな歌を歌い、隣には愛する男。
都合のいい女でもいい。もう何でもいい。そばにいて、貴方の横で、ずっと歌っていられたらーー。
頭がクラクラする。ライブの熱気、興奮。そして、失ったものの重さ、価値。抱いていた理想と現実のギャップ。
バンドでプロデビューしてやる!などと思っていた自分は、今や呑み屋で働くしがない水商売女。しかもやる気のない底辺。
アンコールが始まった辺りで我慢できなくなり、トイレに行った。
酷く気分が悪い。何かが、逆流する。何度も何度も嘔吐しながら、ぶり返す失恋の痛み、バンドへの執着。
全てが流れ出てしまえばいいと思った。
ーー 私は……
まだあの男を忘れられなくて、バンドも諦めきれてなくて。そんな未練がましい自分が、行動力のない自分が、大嫌い。大嫌いだ。
最初のコメントを投稿しよう!