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その日、天気予報では晴天とのことだったにも関わらず、雨粒がアスファルトを叩いていた。
通学中に聞く音楽も雨粒の奏でる歌に負け、かき消えてしまう。
湯村は音量を上げると、音楽に聞き入った。
しかし、その矢先に目に飛び込んで来る女子の姿。
黄色い生地に白の斑点をつけた傘が特徴的で、湯村の瞳に記憶されるには十分だった。
次第に湯村がその女子に追いついて行き、横断歩道で立ち止まると何気なくそちらに視線を送る。
その傘の下にいる横顔は綺麗で、薄暗く見える雨さえ輝いて見せるようだった。
「三井……?」
自然とそう口にしたのを湯村自身は気づくことなく、女子が振り向く。
「おはよう」
「お、おはよう」
その女子の名は三井瑠偉。
高校三年間同じクラスだったが、話す機会は皆無。
挨拶や皆の輪の中でなら言葉を交わすことがあっても、二人での会話は一度もなかった。
「傘ないの?」
惚ける湯村に瑠偉が話しかける。
「今日、天気予報晴れだったからさ……」
「そうだったね。でも、私の場合いつも日傘差してるから。まぁ、今日は雨傘になっちゃったけど……」
おどけて笑ってみせる瑠偉。
二人が『会話』をしたのがこれが初めてかもしれない。少なくとも、湯村にはそんな記憶はなかった。
「よかったら入る?少し小さいけど」
瑠偉は口元に笑みを含ませたまま湯村を見る。
湯村はそこでなぜか視線をそらし、返事を考えるフリをした。
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