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***
鏡華王宮内の一角にある、白虎帝自室。
「…………」
流麗に流れていた胡弓の音が止む。
部屋はしんと静まり返った。
……皇族麟家の第二皇子、白虎帝・麟翠馨は胡弓を寝台の上に適当に放りだすと何をするでもなく立ち歩き、窓を開けて風に当たった。
吹き込んでくる生ぬるい風は、その真っ白な髪をゆるゆると弄ぶ。
(……つまらない……)
彼が人前でこんな顔をすることは殆どない。
翠馨は誰に対しても微笑みを絶やすことのない穏やかな男だった。文事を能くし、音楽を能くする。欠する(正確に言うなら脱走する)ことの多い長男・瞬耀に代わって政を執ることも多々あった。
……だがその本性は寧ろ、忙しく淡々と流れる日々に退屈し、渇きを潤す血を求める獣(けだもの)のようですらあった。
太陽を眺め月を眺め花を眺め闇夜を眺めては、ふとした瞬間にいつもの穏やかな笑みを捨て、一人、その獣のような思いに駆られるのだ。
皮一枚。皮一枚程度のものだ。
こんなくだらない政もマンネリ化した王宮内の権力争いも結局は何になろう。
(同じことの繰り返しじゃないか……死者でも出れば気持ちは変わるか? いや、もはやそれだけでは面白みさえ感じなくなっている……もっと……)
「もっと……何だろうね?」
彼は沈みゆく夕日を見ながら微かに笑うと、そのまま静かに部屋を後にした。
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