太陰之章 参

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猟影は決して嫌味を言っているのではなく、単に意外に思った事を話しているのだろう。だが、高麗のいた蓬莱の国では、別に女子が木に登ろうが木の上で寝ようが普通の事であり、そこまで笑われるようなことでは無かった。 こちらの世界で「姫神」と呼ばれる高麗や杞冥だって蓬莱の国ではごく普通の市民の一人だ。 「……いいえ、確かに“後宮”ではないかもしれませんが、この国にとって……否、白虎にとって貴女は大切な姫神殿でございます」 「…………」 猟影は翡翠色の瞳をふと優しく細めた。 高麗を崇め奉り、信じきっているかのような表情を作り上げたのだ。 戸惑うように言葉を失う高麗。 膝の上で握りしめていた拳に目を落とした。 そう、この感覚だ……“重い”……嫌ではない、嫌っては悪いと思っているのだが、この身分不相応に掛かる期待に対する違和感と重圧感。 有り難いはずなのに、行方知れずの杞冥より運に恵まれているかもしれないはずなのに、若干の息苦しさを覚えるのだ。 それが先程も高麗に樹に登り空に近づきたい衝動を与えた。 地のしがらみから解き放たれ、日や月の如く天へと近づきたいという半ば本能的な衝動を。
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