還る

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 中江昌志は芽衣より一つ年上の高等学校三年。彼女の住む村の隣村に住んでいる。来年卒業ではあるがもうすぐ入隊が決まっている。最近は卒業直前の男子にまで召集がかかるようになっていた。  卒業できるのは政治家や教師になるなどごく少数のお金のある選ばれた人間だけだった。 「それは?」  芽衣の持っている野草を指さす。 「あ、これはアリバイ工作だよ」  二人きりで会っていることがバレれば警察に引っ張られて延々と説教され、罰則としてタダ働きさせられても文句は言えないのだ。 「図書室でおもしろい本を見つけたから今度借りてくるよ」  言論・思想の自由は保証すると明言していたのに今は、学校の図書といえど国の指定した戦争以外の作品は隅の方に追いやられ、見ることすらできない。まして借りようものなら反戦思想家ともされかねない。だから『拝借』してくるのだ。  芽衣が本を読むのを好きなことはよく知っていた。しかし女子学生は日々、校外学習で工場に働きに出ていて学校に行くことは滅多にない。だからこそ昌志が拝借してくるという。  木の葉の間からやわらかい陽がさしてくる。姿は見えないが鳥も鳴いている。  静かに時間が流れる。  とても遠い地で殺し合いが行われているとは思えない。 [続]
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