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何となく部屋にはいるのをためらわれて一階に戻った。それに母親に聞きたいこともあった。
「五月には話をしたの?」
母親の背中に向かって言う。話とはもちろん芽衣のことである。
父親は一番最初に戦争に行って小さな箱になって帰ってきた。兄は今年の三月に高校を卒業したあと出征し、今だ音沙汰なしである。これに芽衣が行ってしまうのだ。末っ子の五月が泣くのは目に見えていた。
「いいや。しばらく言うつもりはないよ」
彼女はそう、とだけ短く答えて外に出た。母親は振り向かない。太陽の端は山にかかりかけている。
遅くなり、もう彼はいないだろうが山に行ってみようと思った。行き先も言わず外出することに怒っていた母親も今日は見てみないふりをしていたのに芽衣は気づいていた。
山に登りいつもの待ち合わせの場所には誰もいなかった。頬に触れる風はいつもより冷たく吹き抜けた。
それから一週間は静かに流れていった。
芽衣が従軍することはあっと言う間に親戚や知り合いに伝わった。知らないのは妹と昌志だけだった。何となく言いづらかったのだ。
そして最後の日は訪れた。
何も言わずに行くわけにはいかなかった。山の背には二人の影。
[続]
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