還る

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「ほら、本を調達してきたよ」  彼は服の下から図書室より『拝借』してきた本を取り出した。受け取った本は彼の温もりが移っている。 「あ‥ありがとう」  気温は日を増すごとに高くなっていく。戦争が始まってからは天気予報も放送しなくなった。  スパイを未然に防ぐという名目でパソコンも携帯電話も徴収され、情報ツールはテレビとラジオに限定された。だが番組も検閲を受けて合格したものしか放送できないのでどこをつけても同じような内容だ。 「‥‥なぁ、芽衣?」  昌志が口を開いた。 「‥‥俺、明日‥‥入隊することが決まったんだ」  彼女は言葉が出てこなかった。次第に年齢層が若くなってきているとは聞いているがここまで早いとは予想外だったからだ。本がするりと腕から抜ける。 「‥‥だから‥‥しばらくは‥‥」  ついに彼女もカミングアウトを決意した。 「‥私も‥‥明日から‥‥従軍医療班に入ることになったの」  偶然にも同時期だったからといっても喜ぶ気にはなれない。彼が本を拾い上げ再び彼女に渡す。 「‥‥部隊は違うだろうけど‥‥帰ってきたら、またここで会おうな」  確率の低い願いだと思った。  派遣先がどこかは着くまではわからない。情報の漏洩を防ぐためだ。現地で偶然会える確率はゼロに等しい。また戦争が終わらない限り無傷で帰って来れるものなどいない。ケガをしたものですら帰されないのだ。 [続]
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