きなこ誕生

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館内に閉館を告げるアナウンスが流れた。 ゆったりとした曲調で流れるバイオリンは、客の退館の足並みを遅くさせる。 白熱灯に照らされた店内で、唯一彩りの優れない一角にあるその場所。 茅葺き屋根を模した枠に光を阻まれて、醤油と砂糖で煮た惣菜たちは、冴えない色をしている。 肉じゃが、揚げ出し豆腐、串揚げ……。 それらが詰め込まれた箱を、出口へ向かう客はつまらなそうに眺めていく。 「ありがとうございました、またどうぞお越しくださいませ」 それを満面の笑みで見送る彼女。 角度の決まったお辞儀をする。 全ての髪の毛を三角巾に突っ込み、切り揃えられた装飾のない爪を腹の前で揃える。 それがこの時間のルール。 そして彼女の意思。 今までも変わらない行動を取ってきた彼女の内面、心境。 そこに起きた小さなエピソードを紹介したい。 日常の生活には、大きな出来事なんか、何にもないのだから。
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