第一楽章 すべての始まり

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 彼は走っていた。必死に走っていた。彼の通う高校の最寄り駅から走っていた。電車を降りてからずっと走っていた。  彼は西野正彦という名前だった。冬の生まれで、今年で十七歳の高校二年生である。黒髪で、普通より少し長い。 「…まさか、こんなことになるなんて」 正彦は忌々しそうに呟いた。この呟きの方は、誰も聞いている人はいなかった。 「…進級初日から、寝坊するなんて…ありえねー!」 正彦は天に向かって叫んだ。  今度は聞こえていた、周りで歩いている人間の胡散臭げな目を無視して、正彦は学校への道を走り続けた。  一方、彼の通う神奈川県立峰山(みねやま)高校では、朝のホームルーム開始が遅れていた。 「先生、遅いな…」 一人の女子生徒が呟いた。短い茶髪と、力強い瞳が印象的だった。 「あ…。あと正彦もか…」 斜め後ろの正彦が座っているべき席を見て言った。 「寝坊ぐせは変わらないなぁ…」 ぼんやりと彼女は、上沼江摩は呟いた。  彼女は正彦とは幼なじみだ。家は向かい合いの位置にあった。 「やっぱり、起こしてやるべきだったか」 腕を組んで言った。ちなみに、後悔している感じは全然なかった。 「それにしても、先生遅いなー」 もう一度呟いた。  ホームルームが始まらない理由は、朝から続いている職員会議が終わらないせいだった。しかも、緊急会議で全員出席だった。 「しかし、まぁ…手が込んでますね。今時、新聞の切り抜きでこんなもの書こうとは普通は思いませんよ」 呆れているような、感心しているような、そんな複雑な感じで炎海友広は感想を漏らした。  炎海は真っ黒なサングラスを掛けていて、短髪だった。誰も一目で生活指導担当とは分からないだろう。それどころか、むしろあっちの組の人に見える。 「炎海先生、今はそんな感想は求めていません」 「まあ…確かにその感想はいらなかったですね…」 二人、文句を言った。  先に言ったのは、ここ峰山高校の校長である言原分太。生え際の衰退が進んでいて、近いうちにハゲそうだった。  もう一人は、家庭科の教師で生徒からの人気が高い中込尽代だった。 「…すんません」 そう言って、炎海は黙り込んだ。 「それにしても、これはひどいですね。イタズラならたちが悪い。そうでなければ、もっと悪い」 そう言って、正彦達の担任である増本有史は、それのコピーを手に取った。 「…確かに」 答えたのは、白衣を着ている教師、生物専門の坂本大。彼は続けた。
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