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「何に対する脅迫状なのかもよく分からないし…」
脅迫状。そう、彼らがさっきから話し合っていたのは、今朝、学校のポストに入れられていた脅迫状についてだった。
文面は、新聞の文字を切り抜いて貼り並べたもので、ちょっと昔の装いだった。
内容はこうだ。
『十年前の事件の真実を話せ。さもなければ、神の怒りに触れ、神隠しが起きるだろう』
そう短くまとめられていた。
差出人名は書いていなかった。
「十年前の事件って、なんなんでしょう…」
英語科の松本洋子は呟くように言った。会議室は静まりかえっていたので、小さな声でも部屋にいた教師全員に聞こえた。
「…私が覚えてるのは、『専銀事件』とか、『鶴屋国会議員の汚職事件』とかですけど…」
答えたのは国語教諭の田宮雪奈だった。
『専銀事件』は銀行員の横領事件で、『鶴屋国会議員の汚職事件』というのは、国会議員が国の公金を私的に使ったものだった。どちらも十年前に世間を騒がせたものだった。
「…よく覚えてますね」
言原が訝しそうな目で田宮を見た。
田宮は自分が疑われているのかと思い、
「…その年は大学受験とかぶってましたから、よく覚えてるんです」
そう弁明した。
「その年って言ったら確か…」
「どうかしました、村田先生?」
「いえ…」
言原に村田と呼ばれた教員は村田輝彦。松本と同じ英語科の教諭で、彼女とは婚約している。来月にも結婚式を挙げる予定だ。
村田は一度ためらったが言葉を続けた。
「…その年は確かあの、『名実(めいじつ)高校事件』が起きた年では…」
「…!」
村田がその事件名を言った瞬間、会議室の空気が凍った。
「『名実高校事件』って、あの麻薬中毒の…?」
炎海が呟く。
「そうです。僕はよく覚えてますよ。教師成り立ての頃で、とても衝撃的な事件でしたから」
坂本が目線を落としながら言った。
「…」
誰もが事件のことを思い出してざわざわと会話する中、言原だけが気難しい、いや、青い顔をして彫刻のように固まっていた。
「どうかしましたか、校長先生…?」
そんな言原の様子を見て、増本が声をかける。
「…いいえ」
歯切れの悪い返事だった。
「…?」
増本は首をひねった。
すると突然、
「イタズラでしょう」
言原が言った。
「校長先生…?」
いきなり結論を出した言原に、増本をはじめ、多くの疑問の目が向けられた。
「イタズラです。タチの悪い。もう会議は終わりにしましょう。生徒達が待ってますよ」
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