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そして、増本が今教室にいる生徒全員の出席を取り終えた。
「…あの席も空いてるんだよな」
廊下側から、五列目、前から四番目の席にいる正彦はその空いている席を見た。窓からニ列目、三番目の席。
「そこは、転校生の席よ」
江摩が説明した。正彦は顔を江摩に向けると、
「転校生…?」
そう呟いた。
「そう。きっと今から紹介があるわよ」
そう言って、江摩は前に向き直った。
「…転校生、か」
正彦は興味が沸いた。
「えー、みんな知っていると思うが、この四組にはもう一人、編入で転学してきた子がいる。入っていいよ」
増本が手招きする。
この時のことを、正彦は一生忘れられないことになった。
教室に入ってきたのは、胸の辺りまであるキレイな黒髪をたなびかせている女子だった。目が大きい。背は平均よりやや高そうだった。
彼女は黒板の前で止まると、クラスメイトの方を向いた。
「藤山浅美です。ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」
元気いっぱいに言った。
ちなみにクラス全員が、
(ふつつか者って、嫁入りにでもきたの…?)
と、内心思っていたのを彼女は知らない。
…クラス全員と言ったが、唯一例外がいた。
「…」
正彦だった。彼は言葉を失っていた。
大きく見開かれた目は藤山浅美に固定されていた。口が半開きになっている。
一目惚れをした男子高校生は、時が止まったかのように、まばたきもせず固まっていた。
「…正彦?」
「えっ?」
名前を呼ばれて、正彦はやっと動いた。声の方を向く。目をパチパチさせていた。
「…どうしたの?」
声の主は江摩だった。
「あっ、いや、別に…」
正彦はもたついた返事をした。まだ浅美の登場による衝撃から立ち直れていなかった。
「…そう」
江摩はどことなく悲しげな表情だった。
正彦は気付いていなかった。江摩が、
『キレイな子だね』
としゃべりかけていたことに。そして、振り向いた彼女が正彦の顔を見て、彼が浅美にどんな感情を抱いたかを分かってしまっていたことに。
「…もしかして俺、江摩をシカトしてた?」
視線を落とす江摩に、正彦は心配そうに尋ねた。
江摩は、
「ううん、大丈夫。たいしたことじゃないし」
気丈に笑顔で答えた。
「…ごめん」
「いいわよ、別に」
謝る正彦を笑顔で許す。
二人はそんな会話をして、視線を転校生に戻した。
今度は、正彦は口を半開きにせず、目を見開きもしなかった。
「それじゃ、あの空いてる席に座ってくれ」
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