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きっとまた、人恋しくなりいつものように顔を出して来たのだろう。
「おいでおいで」
無性に愛しくなり、思わず声を出す紳士。
「今日は美味しいのはないけどさ、一緒に遊ぼう」
呼びかける声に反応は無く、きらきらと反射する光は動かない。
いつもなら、のそりとした緩慢な動きで現れ、拙い足取りをこちらに向けてくる筈だった。
「ほら、そら、どうしたの」
一向に動きを見せない子猫に紳士は首を傾げ、狭い暗闇へ歩み寄る。
(あれ……?)
そこに、いつもの子猫はいなかった。
その代わりに見たことも無いような美しい透明の花びらが一枚、青いポリバケツの蓋の上で静かにその姿を光らせているのみであった。
「これと間違えたかな?」
紳士は少しだけ気を落とし、そのまま踵を返して再び最寄り駅へと歩みを進めだす。
人影もまばらな、すっかり通い慣れた商店街を抜け、やがて人波が押し寄せる駅に着くと、紳士は何故か急に後ろ髪を引かれる感覚に陥った。
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