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その脳裏には、あの花びらが柔らかな陽光を全身に受け、どんな宝石よりも美しく輝き、紳士が今までに見たどの花よりも素晴らしい命を放つ姿が焼き付いていた。
(あれは誰の花だろう)
誰のものかは解らなくても、落ちた花びら一枚を頂いて悪いことはないだろう。
そう思い立つと、いてもたっても居られなくなり、紳士は慌ててもと来た道を引き返し始めた。
知らず知らずの内に駆け足になり、息を切らしながら花びらを見つけた場所まで急ぐ。
(まだ、誰にも見つかっていませんように……)
必死の祈りを捧げながらそこに辿り着き、息を整える間も作らずポリバケツの蓋を覗き込む。
美しく輝く花びらは、まるで紳士を待ち侘びていたかのように、数分前に見た時と同じ場所で佇んでいた。
「やっぱり綺麗だ」
ぽつりと一言呟き、そっと手を触れてみる。
透き通ったそれは意外と硬く、しかし滑らかで柔らかい不思議な肌触りだった。
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