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幸い父は仕事で夜遅く、姉は友人とコンサートに出掛け、やはり帰りは遅い。
「今いくねっ」
(このまま何食わぬ顔でやり過ごして、直ぐに寝ちゃおう。そうすればサイアク、今日1日は秘密を守れるぞ)
引き出しがぴったりと閉まっていることを確認し、紳士は母の待つダイニングへ向かう。
ダイニングは、紳士の部屋から直ぐだった。
狭く長い廊下を渡り、風呂場と居間の入口を抜けた所に極彩色の玉が幾つも連なっている暖簾が見える。
「紳士ちゃん、お腹空いたでしょう」
そんな若者が好んで集まる雑貨屋で扱っていそうな、いかにもな暖簾を潜った紳士を素早く認め、母が楽しそうに話し掛けた。
二つずつ布張りの椅子が向かい合わせに並んだ、四角い木製のテーブルで母と向かい合わせになり、湯気の昇る温かい食事を掻き込むように急いで食べる。
「何かいいことあったの? 紳士ちゃん」
そんな紳士に暖かい視線を向けながら、のんびりとした口調で母が微笑んだ。
(やばい)
平静を装っていたつもりの紳士だったが、一気に花びらのことまで見透かされた気分になり、ガラスコップの水を一息で飲み干し足早に席を立つ。
「ご、ごちそうさま。美味しかった」
テーブルには、まだ半分も手を付けていない食事が散らばっているままだ。
「紳士ちゃん、どうしたの? 何かいつもと違う……」
「今日は疲れちゃった! おやすみなさい」
母の不安気な言葉を遮るように、紳士は一目散に部屋へと駆け込んだ。
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