100万キロは遠すぎる

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   待てば待つほど、彼はますます怒った。    依然として、彼は焦りと苛立ちを抑えながら、一心不乱に口を開く。私の言葉を待っている様子は無いので、こちらとしては彼が全てを言い終わるのを待つだけだ。    丸いお洒落なテーブルの上で、頼んだばかりのアイスコーヒーは盛大に汗をかいていた。  彼の言葉に耳を傾け始めてかれこれ90分が経過した。彼の語調は荒く、語勢はますますヒートアップしていく。    暑苦しい情熱を持った者が目の前に現れるとこっちの方は自ずと冷静になっていくものだ。彼の詭弁と呼ぶ他ない詭弁を、私はどこか冷めきった気持ちで聞いていた。    辺りを見回せば、私たちの他にカップルが二組、まだ若い女性三人組が一組。スーツ姿の営業マン風の男。皆一様に彼の赤くなった顔を見ている。    チバウォーカーにて『疲れた心身を安らげる落ち着いた喫茶店』として紹介されていたこの店。写真や記事にあったとおり、少し年季を感じさせる外観に、どこか優しい雰囲気を漂わせた癒しの空間だった。  お客さんとして来た皆さんはきっと日頃の疲れを癒しに来たのであろう。にもかかわらず、彼の暑苦しい顔など見せてしまって、私としては申し訳も立たない。    とまぁ達観した意見を述べている間にも彼の詭弁は続いているわけで、皆さんに申し訳ないのでそろそろ止めるべきだ。   「ねぇ、柳井くん。少し落ち着いてくれる?」  今までずっとダンマリを決め込んでいた私が口を開いた。彼は今しがた言おうとした何かを飲み込んだ。 「あ、ああ。……でも君が全然信じてくれないから、俺はこんなに必死なんだぜ?」    この野郎、ふてぶてしくも私のせいにしやがった。呆れて声も出ないとこだが、そうも言ってられない。 「じゃあさ、今まで言ったこと全部、ゆっくり分かりやすくもう一度言ってくれるかしら?」    私はストローに口をつけた。アイスコーヒーはとても美味しく、私のこのお店への評価は文句なしだ。  彼は口を開いた。  
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