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「全部本当のことなんだ! そりゃこんな曖昧な言葉で信じろってほうが無理な話かもしれない。でも! 無理を承知で! 信じてほしいんだ」
彼の目は大真面目だ。いったいどんな訳があってこんなわけのわからないことを言っているのか。
大切なのは、彼が真実を言っているかどうかだ。
本当に、どうにもならない理由から泣く泣く私と離れようとしているのか。
それとも、他に女でもできて荒唐無稽な言い訳を並び立てているだけなのか。
私にそれを判断する術はなかった。
「じゃあまず、その帰らなきゃいけないところってのは何処なの?」
「それは……言えない」
何故、とは聞かない。それはとても無意味な事に思えたからだ。
「遠いの?」
首肯。
「どれくらい?」
「果てしなく。キロで言えば、100万キロくらい?」
彼は少しおどけながら笑ったが、私の目にはその笑みが自嘲的に映った。
100万キロって、今時小学生も言わない。実際問題、100万キロあれば遠回りしながら月に行って、遠回りしながら帰ってこれる。ふざけてる。
それでもどうやら彼の目を見る限り、遠いことに間違いはないらしい。
「いつ頃行くの?」
「まだわからない。来週かも知れないし再来週かも知れない。言ってしまえば今日かも知れない」
彼は言ってからアイスコーヒーを飲み干した。悪びれる様子もなく、何だかよくわからない事を言うものだから私は困ってしまう。
「そこからは帰ってこれるの?」
「……難しい。無理だと思ってくれたほうがいい」
私は軽く絶望した。彼との今生の別れがすぐ側まで近付いていると言う。
私たちは暫し無言で重苦しい沈黙に身を投じた。
彼は申し訳なさそうに目を伏せ、私は頭をフル回転させていた。
彼の氷だけとなったグラスからカランという音が響く。
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