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ふと隣に目をやると、若い女性客三人が三人供私たちのほうを好奇の目で見ている。その表情には軽く嘲笑めいたものが見え、私は眉をひそめた。
無論、私と目が合うと慌てて視線を外し、白々しくも井戸端会議を再開する。
見知らぬ男女の別れとは、見ている側からすれば少し面白いのかもしれない。見られていてもなんら不思議はないのだが、今はとても悔しい。
私はギュッと拳を握り込んだ。
この店に癒されに来た人にはやはり申し訳ないが、少し私もヒートアップさせてもらう。
「去年の夏に私たちが泊まったホテルの名前を覚えてる?」
突然何を言い出すんだ、とでも言うような目線を向ける彼。
「あ、あぁ覚えてる」
「本当に?」
彼は少しムッとしたような表情を浮かべた。
「ホテル山月。2052年8月2日だ」
栃木県の山奥にある有名なホテルだった。
彼と出会って一ヶ月。友達には早いと言われたが、二人でお泊まりに行った。
まだまだ彼も私も若いといったところか。
「ベランダのすぐ下には大きな川が流れていて」
そこで彼と、借りた釣竿で鮎釣りをした。
「山菜の御膳が美味かったなぁ」
色とりどりの山の幸が食卓を彩り、私も彼もご満悦だった。
「忘れるわけないじゃないか」
営業マン風の男がチラチラとこちらを見ているが気にしない。
「じゃあ私たちが出会った日のことは?」
今度は間髪入れずに口を開いた。
「あれは7月3日の夜」
日にちまでは私も覚えていないが、多分間違いないだろう。
「君はなんだかフラフラしていた」
女友達の家で晩酌に付き合って、の帰り道だった。木々が立ち並ぶ公園を横切るのが自宅への近道だ。
その公園が私たちが初めて出会った場所。
虫の音を聴きながら私は早足で歩いていた。初夏の風が心地よかった。
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