カストラート

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カストラート

  「私の生涯は、ただ芸術にのみ捧げられている。」   男は完全なる芸術であった。 人々が、新型のローブだ、ラフだ、ロマンチックな被り物だと騒いでいる間でも、彼は完全なる芸術であった。   その容貌は女のように美しい。 ギリシア鼻は生まれついてのもので、魅力的な大きな瞳も、ツンと尖った唇も、生まれついてのものだった。 ああ、その唇からどうやって、シャンデリアを揺らす高音が弾け飛ぶのだろう!   「この身を滅ぼすのはきっと、女でも教皇でも国王でもなく、芸術になる。」   そうとも、男の声は天才的な閃きをもっており、アジリタの技巧は、神から授けられたものといって相違なかった。 夢のようなpp、目の覚めるようなff、彼は全てを持っている。   しかし彼は気付いてしまったのだ。 一級の装飾品に囲まれ包まれ暮らしているからこそ、自分に価値があるということに。   彼は<モード>という常時変化する幻に滅ぼされるのが嫌だった。 いっそのこと捨ててしまいたかったのだが、拍手を失うことが怖くて、そんなことはできなかった。   「考えてみろ、何てつまらないものだ。 私の完璧な欠陥を、蝋燭の光が煌々と照らし出している…」   男は鏡の前で裸になった。 美しかった。   そして、自分という機械に、絶望して泣いた。   「芸術の心しかわからないのに、誰が私の螺を巻いてくれるんだ。」  
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