🌙狐の語らい

幕間

「そういうわけで、俺には
　…死ぬ以外に道が
　なくなっちまったんです。
　それに、お雪を
　悼む気持ちだってあるし…。
　…でも、俺は、
　どうしても思い切れなかった。
　…死ぬのはいやだったんです。
　でもそれを、
　まわりは許さない。
　それで、
　どうしようもなくなって、
　山に入ったら、
　ここに来てしまったんです…」

いつのまにか、
勝太郎が戻ってきている。
母親の隣にちょこんと座り、
しっぽをぴんとたてて、
真面目くさった顔をして、
聞き耳を立てている。
その、何とも滑稽な様をみたら、
張り詰めていた気持ちが、
一気にゆるむ気がした。

「…お飲みください」

女が、椀をさしだした。

「…うまい」

どうにも
緊張は押さえられなかったが
よく冷えた水は、
本当にうまかった。

「…世の中というものは、
　ままならぬものですから、
　好きなようには
　生きられませんわね。
　…でも、それでも人は…
　自分の思うようにしか
　生きられませんよ」

女は静かに言った。

「…あなたがお望みなら、
　狐の毒を差し上げましょう。
　…これなら、
　そう苦しむことなく
　…眠るように逝けますわ。
　…でも、私には、
　あなたを里へおりる道へ
　ご案内することもできます。
　…まったく知らぬ土地へゆき、
　新しい道を
　お生きになることだって
　できるでしょう。
　…どちらにしても、
　あなたのお好きなように
　お選びなさい。
　…明日の朝、
　お答えくださいませ」

「………わかりました」

「悩むことなんてないよっ。
　どうせなるようにしか
　ならないんだから。
　ときが来たら、自然と
　正しい道が見えてくるんだよ！
　ねぇ、母様？」

勝太郎が、
ひどく大人びた口調で言った。
俺は呆気にとられてしまう。