🌙狐の語らい

里人

「狐か…」

男と狐の目が合った。
男は訝しげな顔をしている。
狐、つまり、おりくが
逃げぬからだろう。

「どうかしたのか…？
　……あ、そうか、
　罠に掛かったのか」

男がずかずかと近づいてくる。
おりくは精一杯の威嚇をし、
警戒心をむき出しにした。

「大丈夫だ、心配いらない。
　…なんだ、
　ウサギの罠じゃないか。
　ばかだなぁ、お前。
　これはお前に
　仕掛けられた罠じゃないぞ？
　…なら、まあ、放してやっても
　かまわないだろう…。
　ほら、いいぞ、いけっ」

罠がはずれた瞬間、
おりくはぱっと駆け出した。
しかし、茂みの奥に飛び込みかけたときに、ふっと振り向いた。
すると、
男はまだそこにいて、
手を振っていた。

狐にはさまざまな掟がある。
受けた恩はかならず返す、
というのも、その一つだ。
おりくは男に恩を受けた。
だから、掟に従い、
里へおりることにした。
人の女に姿を変えて、
男の前にあらわるのだ。
問題は、いかにしてあの男と知り合うかだった。
妖力を持つ女の恩返しといえば、
男の妻になることだと
相場は決まっている。
旅装束に身をやつし、
おりくは思案にくれていた。

さて、どうしたものか。

おりくは里に注ぎこむ清流のほとりに腰掛けて、足を浸していた。
先日の罠で傷つけたところが
まだ少し痛むので、
冷やそうと思ったのだ。

あれこれと考えることに
没頭していたからだろうか。
まったくひどい失態だった。
近づいてくるものの気配に
気付かないなど。

ガサ…ガサガサ！

ぱっと振り向くと、
そこには、牙をむき出しにした
野犬がいるではないか。

「ひっ…」

おりくは、犬が苦手だった。
仔狐の頃に、
猟犬に追い立てられて危うく命を落としかけたこともある。
犬も、
おりくを狐と気付いたようだ。
唸り声がいっそう脅迫的になる。

「あぁ…」

おりくは恐怖で動けない。
それをみてとった野犬が、
反動をつけるように
半歩後ろにさがった。