🌙狐の語らい

里人

「うぉ～っ」

突然人間の叫び声がした。
太い木の枝を振り回しながら、
野犬に飛び掛かっていく。
あの男だ。

「走れっ」

男が叫んだ。
野犬は、怒りに狂った声と
憐れをさそうような声を
複雑に織り交ぜてないている。
おりくは裸足のまま駆け出した。

　はぁ、はあ、はぁ

少し走っただけなのに、
息があがる。
尖った石でも踏んだのだろうか、
足の裏が切れている。
狐の足ならこんなことはないのに
人の身体は脆い。

「大丈夫か？」

男が追い付いてきた。

「犬は…？」

「逃げた」

おりくが裸足で、しかも
怪我をしていると知った男は、
おりくを家につれていった。

「痛むか？」

「…平気です」

「あんた、
　この辺の人間じゃ
　ないだろう？」

「ええ…」

「なんだって
　あんなところに…？」

「………」

「まあ、答えたくないなら
　それでもいいさ」

二度も助けられてしまった。
前代未聞だろう。
恩返しにいって、再び恩を受けることになるなんて。

男の名は、勝之助といって、
貧しい百姓だった。
先祖は相当の地主であったらしいが、年を経るにつれ財産は減り、
彼の親の代にはもう何も
残っていなかったのだそうだ。
勝之助の両親は早くに亡くなり、
その頃は彼一人で家を切り盛りしていた。

それにしても勝之助は、
いささか人が善すぎるようだ。

「行くところがないんです」

おりくがそういうと、

「しばらく家にいていい」
簡単にそんなことを言った。

翌日から、おりくは勝之助を手伝って働きはじめた。
稲荷の社に代表されるように
狐は農耕と相性がいい。
おりくが世話をした作物は、
ことによく実ることだろう。
そうなれば、
暮らしもよくなっていくはずだ。
二度も受けた恩を返すために、
おりくは懸命に働いた。