🌙狐の語らい

里人

はじめのうちは、
ただそれだけだった。
恩返しをするために、
働くのであり、
ともに暮らしているのだった。
それなのに、
勝之助はあまりにも優しすぎた。

ちょっとした言葉。
気配りのうまさ。
おりくがちょっと難儀していると
すぐに飛んできて助けてくれる。
豊かではない暮らしに
まぎれこんだ厄介者なのに
嫌な顔ひとつしない。

いつのまにか、
おりくは勝之助に恋をしていた。
恩返しのことなど
忘れてしまいそうなほどに、
ひとりの女として、
勝之助を愛してしまった。

なのに、
ひとつ屋根の下に暮らしはじめて
もう一月になるのに、
勝之助はおりくに
一度も手を触れなかった。
おりくははじめから
妻になる気でいたのに、
勝之助は頑ななほどに
清い仲をたもった。
そのことが、おりくには
不安でしかたがなかった。

そんなある日の夜、
勝之助がおりくに声をかけた。

「おりく…、ちょっといいか？」

「はい」

「…お前、親は
　どうしてるんだ？」

「もう…、おりません」

ひとりだちをすれば、
狐には親も子もない。
だからこれは嘘ではない。

「じゃあ…、親類は？」

「…頼れるようなものは、
　ありません」

「そうか…」

「…ごめんなさい。
　ご迷惑ですよね、当然…。
　甘えてしまって、
　すいません。
　…私、出ていきます」

掟より何より、
勝之助に邪魔者に思われることが
ただただ、つかった。

「いや、待ってくれ、
　そういうことじゃないんだ…」

「え…？」

「そうじゃなくて…。
　きいてほしいんだ。
　あのな、おりく…」

「はい…」

「俺、貧乏だけど、
　もし、本当に
　行くとこがないなら…、
　それで、
　もし嫌じゃないなら…、
　ずっと、
　ここにいてくれないか？
　…俺の、女房にならないか？」

涙がながれてきた。

「あっ…。
　悪い、急にこんなこと
　言いだしたりして…。
　そんなに、嫌だったか？」

「いいえっ…。
　そうじゃなくて…、
　すごく、うれしいんです…」

「じゃあ…？」

「私を…、あなたの
　奥さんにしてください」

こうして、
おりくと勝之助は、
正式の夫婦になった。