🌙狐の語らい

屋敷

　…天井？

いつのまにか、
喉の渇きが消えていた。
俺は、
清潔な寝具に寝かされている。
古びてはいるが
手入れの行き届いた部屋には、
ひんやりとした
空気が満ちていた。

「…俺は、いったい…？」

すぅーと、
戸の開く気配がする。

「気付かれましたか？」

「あなたは…？」

やつれた感はあったが、
まだ若く、美しい女だった。
うっすらと微笑みをうかべながら、女が口を開いた。

「山を彷徨うておられたのは、
　覚えておいでですか？」

「…あなたが、
　助けてくださったのですね」

「…どうして、あのような処に
　おられたのです？
　ただの人は来ぬ処です。
　…とはいえ、みたところ、
　世をはかなんでいる様でも
　ありませんが」

「…迷ったのです、単純に。
　…あの、ここは、
　どこなのでしょう？
　なんという里ですか？」

「ここは、私の屋敷です。
　…残念ですが、
　里ではありませぬ。
　…あなたが
　お倒れになっていた処の、
　すぐ近くなのですよ。
　暮らしているのは、
　私と息子だけなのです」

どういう意味だろう？
だとすれば、ここはまだ
山の奥深くなのだろうか。
だが、
そんな処に女子供だけで暮らしていけるはずもない。とはいえ、
女の言葉が嘘だとも思えない。

夏にそぐわない涼やかな風が
どこかから流れてくる。
先程までは心地よかったそれが、
急に
不気味なものに感じられてくる。

ここは…
　この女は…
　　いったい…？

「気味が悪く思われるのも、
　無理がありませんね」

心を読まれたのだろうか？
背中を冷たいものが撫でていく。

「お疑いのとおりですよ…。
　ここは…」
「母様っ」