🌙狐の語らい

屋敷

突然、
ぱちんと障子が引き開けられた。
聞き覚えのある声。

「何事です、勝太郎。
　お客人の前ですよ。
　礼儀をわきまえなさい」

「…ごめんなさぁい。
　…母様、人間、起きた？」

「君は…」

意識が途切れる前に聞いたのは、
たしかにこの声だった。

「こんにちわっ。
　生きててよかったね？」

「これ、勝太郎。
　何度言わせるのです？」

「…ごめんなさぁいっ。
　…ねぇ、母様、
　これが…父上？」

「違いますよ。
　…そなたの父上なら、
　この母が助けるはずが
　ありません」

五つぐらいだろうか。
先程までの張り詰めた空気が、
この少年の乱入で、
急にどこかにいってしまった。

それにしても、
少年の背後でゆらゆらと
揺れているものは
見間違いでなければ
ふさふさとした
艶やかな毛並みの
狐の尾、ではないだろうか。

「とんだ失礼をいたしました。
　…息子の、勝太郎です。
　私の名はおりく。
　…もう、お気付きでしょう。
　私達は、
　この山に住む狐でございます」

俺は、妖怪の住処に迷い込んでしまったのか。
大変なことになった。
狐に騙された人間の逸話が、
自然と思い出される。

立派な屋敷で
もてなされていたつもりが、
朝になると、
荒野で寝ていた老人。

精魂つきるまで、
森を歩かされた子供。

ご馳走だと思って、
泥団子や沼の水を飲まされた男。

俺は、どんな目に合わされるのだろうか。
もしかしたら、この家も、
まやかしなのかもしれない。

「心配なさらずとも、
　あなたを騙すつもりは
　ありません。
　…この屋敷も、本物ですよ」

やはり、心が読めるらしい。

「素直な方ですねぇ(笑)。
　あなたのお考えくらい、
　心など読めずとも
　わかりますよ。
　…証拠に、
　私はまだ、あなたのお名前すら
　知りませんから」

頬が熱くなる。
そういえば、たしかに、かなりわかりやすい反応をしていた気もする。