🌙狐の語らい

屋敷

「勝太郎、水をお持ちしなさい」

「あっ、いや…、そのぉ…」

「狐の屋敷で、
　ものを召し上がることには
　抵抗があるでしょうけれど…
　でも、あなたには、
　水が必要ですよ。
　…大丈夫、
　もちろん本物の水です。
　…泥水などではありませんわ
　勝太郎、行きなさい」

「はーいっ」

母親のことばに従い、
勝太郎は
ぱたぱた戸かけていった。
元気よく左右に振られる尾に、
どうしても目がいってしまう。

「あのっ…色々と
　失礼なことをしてしまって…。
　俺、新吉っていいます。
　…助けていただいて、
　本当、
　ありがとうございました」

「…いえ。
　お疑いになるのも、
　無理がありませんから…。
　でも、私には、
　人を騙す気はありませんわ。
　…それどころか、
　間違っても生身の人間が
　迷い込まぬように、
　結界を張っていた
　くらいですから…」

「あのっ…じゃあ俺…、
　死んじまったんですか」

「いいえ。
　…でも、
　死んでもいいと
　思ったのでしょう？」

返事がかえせなかった。
自然と目を伏せてしまう。
死ぬつもりだったのだろうか、
俺は…？

「明日の朝、
　里へおりる道へご案内します。
　今日は…
　ゆっくりお休みなさいませ」

女はすっと立ち上がり、
音もなく
部屋を出ようとしている。

「あのっ…」

「…なんでしょうか？」

「…俺の、話を
　…聞いてもらえませんか？
　…俺、どうしたらいいか
　わかんなくて。
　…あなたなら、
　あなたに聞いてもらえたら、
　何かわかるような
　気がするんです」

「…私は何もできませんよ」

「それでもいいんです。
　ただ…、聞いてもらえたら」

女は静かにもとの場所に腰を下ろした。

「…俺は、
　村で死ぬことを
　強要されてたんです。
　…許婚のあとを追って、
　自殺することを…」