🌙狐の語らい

人里

俺の許婚は、お雪といって、
名主の娘だった。
でも俺は、ただの百姓の息子だ。
身分違いもいいところの
恋だった。

名主は、娘を、
つまり、お雪のことを
それはそれは可愛がっていた。
だから、
結局、娘の熱意に負けて、
俺達の結婚を許してくれた。

村にとっても
大事件だったと思う。
名主の箱入り娘が、
裕福とは正反対の
百姓の倅と婚約したんだから。

祝福してくれるやつも、
妬むやつも、
嫌味をいうやつも、
色々いたけれど、
俺達は気にしなかった。
本当に幸せだったし、
出来すぎた幸運に、
浮かれていた。
来月にも
祝言をあげるはずだった。

でも、
世の中は、やっぱりそんなにうまくはいかなかった。
お雪が、はやり病にかかった。

熱が高くて、
色々ためしたけれど、
どうにもならなかった。
医者にも見放され、
神頼みも効果がなかった。

俺も、
毎日のように病床を訪ね、
励まし続けたけれど、
とうとう駄目だった。

臨終の床で、
怯えきった瞳で俺をみつめ、
お雪は言った。

「しん、きちさん…
　いやだょお、恐いよぉ…。
　…死にたくないよぉ…。
　独りで死ぬのは、
　…いやだよぉ。新吉さぁん…」

最期の瞬間に、
痩せ細った手を伸ばし、
お雪は俺の腕をつかんだ。
病み衰えているはずなのに、
どこにそんな力が残っていたのかというよな強さで
お雪は俺の腕にしがみつき、
そのまま絶命した。

まだ若い彼女の死は、
みんなに悼まれた。

俺も、
悲しみと、看病疲れと、
お雪の壮絶な最期への恐怖で、
憔悴しきっていた。

葬儀がおわったあと、
そんな俺のもとに
名主が近寄ってきた。
「悔しいよ…。
　あの可愛い娘を、
　こんなに若くして
　死なせてしまうなんて。
　それも、あんなに苦しんで…。
　だからこそ、
　淋しい思いはさせたくない。
　遺言のこともあるしな。
　…お前さんも、
　そう思うだろう？
　もしかしたら、
　一番悲しんでいるのは、
　お前さんかも知れないね。
　お前さんは、あれを…
　本当に好いていたから…」