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風がやんわり吹いた。
弁慶は義経に何も聞かなかった。
ただ、時が進む。
「分からなくなった」
しばらくして義経がゆっくり口を開く。
顔は未だ庭に向けられている。
「私はこの世を正さんがため、横暴をふるう平氏を討とうと決めた。兄上ならば、平穏な世がつくれると思った。その為に、私の武をふるわんと決めたのだ」
「はい」
「だが、甘かったな。私はまだまだ弱い」
そこで義経は月を仰いだ。
目を細め、閉じた。
間もなく開き、自分の手の平に視線を落とす。
「まだ消えぬ。今も、これからも。武人として失格だ。」
「・・・義経様」
「こうまでしてこの手を汚した理由が、今になってまた分からなくなった。何だか違う気がしてならないのだ」
そこまで言って義経は弁慶の方を向いた。
少し表情をうかがった顔をしている。
「嫌か?」
「何を・・・」
「こんな私につき従うのがだ」
「何を今更」
弁慶は笑い、立ち上がると、庭に降りて自分の胸をボンと叩いた。
「この武蔵坊弁慶、命尽きるまで義経様にお仕えすると決めたのです。今更その意を変えるつもりもございません」
「弁慶・・・」
「拙者の武は義経様の為と、もう既に決まっております。義経様が今、お迷いならばおおいに迷うのが良いでしょう。それが何か見つかった時は、お貫きくだされ。さすればきっと道も開けましょうぞ」
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