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更に、邪魔者を直ぐ様追い払いたい、という意思も込められていた。
それは伝令兵にも、旅人である彼にも感じ取れる程の物。だが彼は柔和な態度を崩さず、右手を腹部に、左手を腰に回して一礼した。
「それには及びません。道は分かります故に」
「さようで。ではご覧の通り私は忙しいのでこれにて失礼を。伝令、行け!」
やはりナイトの態度は冷たい。急き立てられるまま、伝令兵は旅人よりも一足先に高台を下って行った。指示の内容に、一抹の不満を持ちながら。
擦れ違い様の伝令兵の表情からそれを読み取った旅人は、唇の端を吊り上げた。謀を思い付いたが、故に。
「……サー・ナイト?」
「ん!? あぁ、まだいらしたか。もうとうの昔に出立なさったかと!?」
背中に掛けられた声に、ナイトは振り返りながら声を上げた。顔には露骨な嫌悪感が滲み出ており、語尾に行くにつれて荒く不快感が。
「僕はかねてより兵法を学んでいましてね? いかがでしょうか……」
旅人は満面の笑みを浮かべ、ナイトに語り掛ける。それは強制ではなく、進言ですらない。ただの、提案。
(何を言い出すかと思えば……。このこわっぱが……!)
本来ならば一笑に伏し、その背中に蹴りの一つでも入れてやりたい。
しかし、兵法は彼にとって未知数。加えてこの戦況。ただ手を拱いているだけで負ける戦である。
ナイトの見解では、勝率は既に一割。
負けて然るべき、勝てば儲け物。そんな打算がナイトの中で働いた。
「……いいだろう、指示を出してみろ旅人。しかし敗北を喫した場合、よもや五体満足で次の街にたどり着けるとは思うてまいな?」
この契約は戦には一切関係なく、ナイトの八つ当たりに過ぎない。しかしこれに、旅人は笑って返した。
「承知しております。お任せ下さい」
それから、笑顔を崩さぬままに言葉を継ぐ。それを聞いたナイトは顔が引き攣るのを隠せなかった。
「では、軍名と戦力、それから地形図を頂けます?」
旅人は戦局を、押されているとしか理解していなかったのだ。
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