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後方に撤退せよ。と。
命令に従うのは釈然としないが、発した言葉は翻せぬ。渋々ナイトは、全軍に退却戦の号令を出した。
ギャミック軍の後方は、渓谷。しかしその先には道はなく、断崖絶壁。それすらも、地形の把握すらも、ナイトは出来ていなかった。
彼がその事実を知っていればまず反対し抵抗しただろう。文句を我慢し承諾したのは、通常考えられぬ出来事。
否。それすらも、リブラティエの手のひらの上のことだった。
近くに拠点を持つロウズ軍は、周囲の地形を熟知している。彼らはギャミック軍が敗北を悟り撤退しはじめたと察した。
当然士気は上がり、意気揚々と追撃を開始し、渓谷に逃げ込んだギャミック兵を追い詰めていく。
そこで間を見計らい、彼は。リブラティエは、合図をした。
「全軍、撃て!」
逃げ場のない渓谷。ロウズ軍の最後尾を、落石と遠距離魔法による総攻撃が襲った。
面食らい困惑するロウズ軍。だが彼らに逃げ場はない。左右は崖。前にはギャミック軍主要軍。後ろにはギャミック軍奇襲部隊。
実際にはたった六名の奇襲部隊だったが、遠距離魔法を一斉射撃されれば、ロウズ軍には知る由もない。
ロウズは。全兵力をもった挟撃に遇い、抵抗する間もなく。
いともたやすく破れ去った。
「まさか……こんなにあっさりと……?」
半ば茫然自失するナイトの肩を、誰かが叩いた。はっとして振り向けば、そこには、満面の笑み。
「二手で間に合ったでしょう? ……勝利の美酒でも飲み交わしませんか? サー・ナイト」
彼は。旅人は。リブラティエは。こともなげにこう宣った。
戦が終わり、軍が国に戻るより先に戒厳令が敷かれた。正確には情報操作と言うべきだが。
しかし人の口に戸は立てられない。唐突に現れ軍を勝利に導いた旅の軍師の噂は、兵たちの間から民の間へと、瞬く間に広まっていった。
それからほんの数日後。たかだか数日後。たった数日後。
旅の軍師はギャミック軍の元を発ち、次の村に到着していた。
そこに、彼を訪ねて来た者がいた。旅人である、彼を。
言われるがまま使者に連れられ、彼が辿り着いた先。それこそが現在地であり、この物語の真の始まりである。
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