第八章

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残念そうに答える姿を見て、専務は『おや?』と思う。 「何か心配事でも……?」 「え?」 「いやぁ、そんな感じがしたのですが、違いましたかな?」 余計な事を聞いてしまったかと、ぽりぽりと頭を掻く。 そんな人の良い専務に好感を持っている京市は、ついつい、本音を漏らしてしまった。 「心配と言えば、心配ですね。今、何をしているのやら……。」 遠い地にいる恋人を想い、仕事中、一度も見せた事の無かった柔らかい笑みを浮かべる。 専務は京市にそんな表情をさせる相手は誰なのか気になり、聞いてみた。 「繋がらなかった相手は彼女ですか?」 「……ええ、まあ。」 「ははは、やはりですか。宇崎さんのお相手なら、さぞかし美人さんなんでしょうねぇ。」 何故そう思うのか分からなかった京市だが、本心から思う事を口にした。 「見た目もそうですが、それ以上に心が綺麗な子ですよ。」 「のろけられましたな。もし決まった人がいないのなら、私の娘とお見合いでもと思ったんですがねぇ、残念です。その指輪は本物だったんですね。」 「……はい。」 静かに笑う京市を見て、本当に彼女を愛しているのが専務には伝わった。 寒空の下、真っ赤な太陽の光を受けたシルバーリングは美しく煌めく。 会って。 抱き締めて。 愛の言葉を囁いて。 一緒に眠りに落ちたい気持ちは止まない。 一秒でも早く恋人のもとへ帰れるよう、仕事に精を出す京市だった。
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