第一章

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「ただいま」   「お帰りなさい」   母が作り物の笑顔の下から明るい声で挨拶を返してくる。   家の中でもこんな状況だ。 嫌気がさすどころの問題では無い。   僕はさっさと自分の部屋に入ると、荷物を下ろしベッドに倒れ込む。   そしてまた、とりとめの無い事を考え、自分の世界に入っていく(僕の悪い癖だ)。   なぜこんな馬鹿げた条令に皆はおとなしく従うのだろう? 素顔を隠す。それによって本当に争いはなくなったが、それでいいのだろうか?   何かが間違っている。 僕は幼い頃からこの仮面に対してそのような考えを持っていた。 もちろん、自分の考えを母や父に話したこともあった。 その度に母も父も僕を怒り、厳しくしかった。 それは、外でそんな事を言えばどうなるか分からない。と、母と父なりに僕を思ってしてくれていた事であった(その頃の僕は幼く、そんなこともわからなかった)。   もちろん、注意されてからはそんな考えを持っても口に出すような事はしないよう努めた。 しかし歳を重ね、多くの事を学んでいく中で、幼い頃感じた違和感はより大きくなり、最近はその事ばかりを考えるようになっていた。       「仮面、か……」 僕は上体をお越しベッドに腰掛け、そっと仮面を顔から外し、眺める。 どこからどう見ても、本当の自分にそっくりだ。 写真をそのまま立体にしたような、気持ち悪い面だ。 ただ違うところと言えば、表情だ。 仮面はずっと笑顔だ。 しかし、こんな笑顔、僕はした覚えがない。 僕の本当の笑顔はこんな感じなのだろうか?   部屋にかけてある鏡の前に立つ。 僕は頬を上につりあげ、笑顔を作る。 その笑顔は笑顔と呼べるものだろうか? 仮面の笑顔とは全く違う、何か別の表情のように感じる。 本当の笑顔とはなんなのだろう?  
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