定まらぬ運命

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  それも己が非力をわかっているからこそ。たとえ彼女の肩が小さく細いことを知っていたとしても……。   「わかった。遠野が巫女の力、うぬらの為にふるおう」     そう言って千羽夜は目を閉じた。また限界まで無理をしていたのだろう。玉のような汗が額に並ぶのを見て、弥彦は自己嫌悪に陥った。   彼は無茶な言動とは違って、優しい人間だったのだ。     「すまない千羽夜」   人々が奉っているだけで彼女は普通の娘なのかも知れない。彼女自身さえも、己が巫女なのだと思い込まされているだけなのではなかろうか。   無理をする千羽夜の性格を知ってから、弥彦は段々とそう思うようになっていた。もし千羽夜に力がなくて弟が助からなかったとしても、もうそれでも良いと思うほどに。   「千羽夜、もう今日はここで寝るぞ。横に泉が湧いているから、喉が渇けばすぐに言えよ?頼むから早く回復してくれ」   弥彦の口調も自然砕けてくる。千羽夜もまたそれを咎めはしなかった。ただ寝息を立てて無防備に眠っている。   その様子に安堵した弥彦にも睡魔が襲ってくる。追っ手の心配と千羽夜の熱のせいでこのところろくに寝ていなかったのだ。若い体力も強靭な精神力も、限界に近かったのだろう。   夜通し見張るつもりが、いつの間にか眠りに落ちていた。       次に弥彦が目覚めたのは夜中だった。頬に当たる草の感触に、横になってしまっていたのだとわかる。無意識に隣を確認するが、千羽夜の姿はない。   代わりに眩しい程の光が、泉の側から放たれていた。     千羽夜の凛とした声が聴こえてくる。     「妖し者が騒いでいた。供物もないのによくぞここまでたどり着いたものよ」   皮肉げな声は普段と違って冷たい印象を受ける。眩しくてうっすらとしか開かない目に苛立った。     『侮るな巫女よ。神を前にその態度は誉められんのう。千羽夜、お前は私から逃れられぬ』   蒼白い光から聴こえる声は、変に響くもので独特の艶を持つ。   「ははっ笑わせるな。遠野にとっては神であっても、私から見れば我が命を食ろうて生きる寄生虫よ。お前が私から離れられぬのだろう。嫌いこそすれ敬う対象ではないわ」   可笑しそうに笑う千羽夜の瞳は爛々と挑戦的に輝いている。蒼白い光を受けて嘲笑う彼女を見て、この時初めて神々しいと思った。恐ろしいまでの存在感と屈する事を知らぬ目。     千羽夜は巫女なのだ。    
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