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月よりもこうこうと照り輝く光が、泉の上に波紋を作る。その前にしっかりと立つ千羽夜を中心に、冷たい風が起こっていた。
『困った娘よ。先の巫女はそのようではなかったのに。それにしても何故このような地に身を隠す?あの男の生臭さに近寄ることも出来なんだ。いっそ殺してしまおうか』
蒼白い光は牙を向いた。此方を睨んだ気がして、弥彦は思わず目を閉じる。目の前の殺気は決して夢などではない。
「よせ。こんな所で弥彦を殺してみろ、私も死ぬぞ。困るのは誰だ?」
冷静な声が低く響いた。うんざりした調子が、このやり取りが日常なのだと教えてくれる。
『ぬっ!お前を死なせはしない。我に愛されし哀れな巫女。そなたは特別な子』
「そう思うなら放り置け。遠野を出たら具現化も難しくなろう。……弥彦の願いを聞き届ければすぐに帰る」
『言うたな?約束じゃ』
帰るという千羽夜の言葉に納得したのか、光は何事もなかったかのように消える。風は止み、張り詰めた静寂は去った。
よろけた千羽夜に気づいた時には、弥彦は走っていた。
何とか軽い身を受け止める。千羽夜は弥彦の腕の中で気を失っていた。
「あれは何だったんだ?」
次の日の朝、弥彦は早速一晩中考え続けた疑問を口にする。千羽夜からは何も言わないことがわかっていたから。
「やはり起きておったか。あれが遠野が神と崇める正体よ」
千羽夜の顔色はすっかり良くなっていた。あの光に会うことで、彼女の力は増幅するのだという。疲労からきたものだと思っていた熱の正体も、弥彦が見張っていたことで光に会えなかった為かもしれない。
「あれが神?」
弥彦の声は疑いの色が濃く出ていたのだろう。千羽夜は笑った。
「ははは……少なくとも光を放つ人間はいないであろ。
確かにあれは神と呼ぶには私欲の強い生き物かもしれぬ。力を与える代わりに要求するのも遠慮がない。
神下ろしだと人は言うが、我々一族はアレに憑かれているだけやもしれんな」
そうなるとそなたの弟と同じじゃな、と言って千羽夜は笑った。その笑いがどこか虚しくて、彼女の中の諦めが伝わってくる。
「弥彦!見ろ、この花は何だ?この実は食しても大事ないか?」
――また始まった。
しおらしく寝込んでいたかと思えば、次の日には再びはしゃぎ出す。同じことを繰り返していることに気づかないのだろうかと疑いたくなる。
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