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定めに抗えぬことを知りながら、人であることを捨てることも出来ずに。
それが“巫女”?
「ならばお前はそれを信じているのか?人の感情(おもい)も末も……全てが神の手の内にあるのだと!」
弥彦の中にある崇高な巫女という像は、いつの間にか消えていた。それを頼りに巫女を浚った筈が、自らを否定する思いの方が募ってゆく。
千羽夜は神にすがっている訳でも、身を捧げている訳でもない。寧ろそれを疎んじてさえいるように思うから。
「そう思えば……少しは救われるではないか」
千羽夜の声は、少しだけ丸みを帯びて響いた。
笑みをたたえた容花(カホバナ)は、寂しげな印象を受ける。青々と息吹く木々の側にありながら、千羽夜からはその若さから溢れる筈の生が感じられなかった。消え入りそうな危うげの中にあって、どこまでも神に近い。
「救われる?逆じゃねぇか!!初めから定まっているなら、俺達は何故足掻く!?生きようともがく?」
弥彦にはその神に近い少女の言葉が、理解出来なかった。行動に、思いに応えてくれない末なんて考えたくもない。
その瞳はどこまでも自由で、逞しい手足は定めから足掻く力を持つかのように見えた。
「それが普通なのやもしれぬな。私は弥彦……そなたが羨ましい」
千羽夜は赤い実をその手に取って、弥彦を見上げた。そして再び口を開く。
「同じ人に同じだけの喜びと悲しみが与えられる。それはその者の如何に問わず平等に。
そう思っておらねば……私は何の為に生きておるのかさえ見失ってしまうから」
千羽夜には、己の意に添って行動することはかなわない。それ故に、行動によって末を変えることなぞ不可能なのだ。
――ただ天命が与えてくれる僅かな喜びを待つのみ。
千羽夜の手にもがれた実は、最早風に揺らぐことも落ちて新たな生を育むこともかなわない。
千羽夜が放り置くのを、ただただ祈る他ないのだ。千羽夜自身と同じように……。
「仕合わせという言葉を知っておるか?否、これは遠野の巫女しか知らぬものだろうか」
納得しきれていない弥彦に、千羽夜は微笑んだ。決して同情して欲しい訳ではないのだと。強い眼差しで真っ直ぐ見据えたまま。
「幸せ?」
弥彦は千羽夜が馬鹿にしているのかと思ったが、その笑顔に気圧されてただ頬を掻く。
この仕草が普段よりも弥彦を子供らしく見せた。
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