46人が本棚に入れています
本棚に追加
「幸福という意ではなく、仕(ツトメ)が合うと書く。定められし天命がたまたま重なり合い、人と人が出会うことを意味する」
千羽夜は実をもう一つ取ると、己の手のひらのものと併せ持った。
鮮やかな赤が、白い指の隙間より二つ顔を覗かせる。
「え……と、つまりは……千羽夜が二つの実を出会わせることを決めたのだと言うことか?」
「そうだ。ここでいう私は神、赤い実は私と……弥彦だ」
そう言って実の一つを差し出してくる。良く熟れたそれは、朝日にキラキラと輝いて見えた。
「ん~~。そう言うもんなのかねぇ」
受け取った実をよくよく眺める。これが自分なのかと思うと急に哀れになってきた。弥彦はそっと実を葉の上に置いて戻す。
「食わぬのか?」
早くも口にいれた千羽夜は驚いて弥彦を見上げる。赤い汁が唇を濡らして紅のように見えた。
「こうやって神(千羽夜)に逆らうことも出来るんじゃないか?何もかも定まっているだなんて、ちっとも楽しくねぇだろ?……神様も」
神殿を荒らして巫女を浚わせたことが、神の意志であるはずがない。弥彦が悩み悩んで決めた結果なのだ。だから己自身で責任を取るつもりである。
「さて急ごうか。自慢の弟なんだ、早く合わせてやりたいよ」
そう言って弥彦は千羽夜よりずっと大きな一歩を踏み出した。その背中の大きなのに、千羽夜は目を細める。
(この男と出会うことが定めだったのならば、神は一体何を望んでいるのだろうか。私にも自由があるのだと言ってくれているのだろうか)
少なくとも、与えられた僅かな喜びのうちの一つであることはわかった。口の中に広がる甘酸っぱさを、千羽夜は知って良かったと思うから。
最初のコメントを投稿しよう!