第1章 物語の始まりには、とりあえず死体を転がしておけ

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 時雨のように降り注ぐ蝉の鳴き声と、アスファルトから立ち昇る水蒸気で揺れる景色の中を、一人の少年がふらつきながら歩いていた。  華奢な体つきに優しげな黒い瞳。瞳と同じ色をした癖のない髪は、男にしては長く、ちらと見ただけでは少女に間違われてしまいそうな程だ。  少年の名前は如月イズミ。さきほど高校で終業式を迎え、めでたく楽しい夏休みに入らんと家路についている健全な高校一年生。  しかし、イズミの顔はまるで冴えない。イズミの横を通り過ぎていく小学生や中学生が、これから始まるひと夏の出来事に思いを馳せ、晴れやかな表情を浮かべているのに対して、イズミの顔は幽霊でも見たかのように、いや、幽霊のように青白い。  足取りもおぼつかないため、見ている者はイズミが熱中症にでも掛かっているのではないかと勘違いしてしまいそうだが、イズミは至って健康だ。  騒がしい蝉の鳴き声に三半規管を狂わせたのでもなければ、降り注ぐ真夏の陽光にあてられた訳でもない。  イズミは道端に立ちすくみ、深い溜息を吐きだした。道行く小中学生は、突然立ち止ったイズミに怪訝な表情を浮かべたが、すぐさま何事もなかったかのように歩いていく。イズミは周囲の視線を気にすることもなく、ワイシャツの胸ポケットから携帯電話を取り出し、食い入るようにディスプレイを見つめた。  ディスプレイにはイズミを幽霊のようにした原因が映し出されていた。
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