第1章 物語の始まりには、とりあえず死体を転がしておけ

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 世界的名医として国内外を問わずあちこちせわしなく飛び回っているイズミの父からのメールだった。  着信時間は今日の早朝四時。眠りについていたイズミではあったが、着信音に気付いてメールを確認していた。しかし、意識の半分以上が夢の世界の所有物だったので、メールが来たことなどすっかり忘れてしまっていた。つい先ほど、手持無沙汰になって携帯のメールを確認してしまったが為に思い起こすハメになったのだ。  イズミは文面を何度も読み返しながら再び深い溜息を吐きだした。その吐息が乙女のモノだったならば、目にした男の心を鷲掴みにするだろうと思えるほど、それはそれは悩ましげな溜息。  ディスプレイに表示されたメールには、父の仕事が一段落ついたので日本に帰ってくるということ、イズミの中学卒業と同時に父に随伴し始めた母も一緒に来るということ、七月二十五日、つまりは今日日本に到着するということ、今日はイズミの誕生日だからプレゼントを買って帰るということ、などが記されていた。  一見何一つマイナス要素のない文面。  楽しい夏休みが始まり、同時に両親と久々の対面も果たせる。その上、誕生日プレゼントまで貰えるのだ。世界的名医というだけあって、年収もそこらの家庭とは比べ物にならないイズミの父、プレゼントも一般家庭とは訳が違うだろう。 「プレゼントなんか要らないのに……」  ディスプレイに悲しげな視線を向けながら、イズミは独りごちた。  イズミにとっては、一般家庭とは訳が違うプレゼントこそが悩みの種となっているのだ。
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