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部屋にナマモノの類はないはずだし、食べ物類を持ち込んだ覚えもない。鼠が部屋の中で野垂れ死にでもしたのだろうか、と嫌な予感がイズミの頭をかすめた。
しかし、悲しいかな。
事実は予想よりも奇なり。
イズミが見つけたのは腐った鼠の死骸などではなく、自分の学習机の上に置かれた見覚えのない怪しげな木箱――翌年は木箱だという時点で警戒するに至る――だった。
イズミは恐る恐る木箱に近づいた。
木箱に歩み寄るにつれ、異臭も若干ではあるが強まっていく。
イズミは爆発物を処理するかのような慎重な手つきで、木箱の蓋を持ち上げた。
イズミは箱の中身を視認するなり、表情を変えることもなく――変えることもできず――何事もなかったように蓋を戻し、年端もいかない子供のような声で「お母さん!」と叫んだ。その叫びは、戦場で散りゆく兵士が末期に叫ぶソレと似ていた。
息子の悲痛な叫びを耳にした母は、血相を変えてイズミの部屋に駆け込んできた。
「何があったの!?」
半ば叫ぶように問うた母に対して、イズミはものも言えず、ただひたすら口をパクパクと動かしながら、木箱を指さした。その指もガタガタと震え、何を指し示しているのかよく分らないほどだった。
それでも母は、イズミが何を指差しているのかを理解し、母たる者が持つあの度胸で、木箱の蓋を勢いよく取り払った。母は中身を確認するなり、納得したような顔で木箱を掴み、足を踏み鳴らしながらイズミの部屋を後にした。
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