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しゃがみこんだ僕を上から見下す芹沢。
雨と泥で汚れた体が過去へと引き戻される。
普段奥底に沈めていた記憶が堰を切って溢れ出す。
『あなたの名前はね…』
『生きることは死ぬことから逃げてるだけ』
『どうして何も言わないの?』
声に押しつぶされそうになる。
叫びたい衝動に駆られた瞬間目の前に藍色の羽根が舞った。
「逃げても無駄。過去に答えも救いもないわ。あるのは誰にも変えられない決定的な現実だけ」
ふわりと芹沢に抱きしめられた僕は現実の雨の中に連れ戻される。
「お前…誰?」
不思議な存在。
目を逸らせない。
雨に濡れた芹沢が冷たく笑う。
「私?私は鴉。独りで生きる孤独で惨めなただの鴉よ」
芹沢の腕の中、スカーフに包まれた今はただの肉塊に成り果てた名前もない猫を抱いて僕は一筋の涙を流した。
いつだって死んでいいのは僕なのに…。
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