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次の日。
中庭。
僕が無抵抗でいた罪を、僕じゃない誰かが償った場所。
握りしめた拳から流れるのは僕じゃない他人の血。
誰かを殴るのは初めてじゃない。
だけど自分じゃない誰かのために他人を殴るのは初めてだった。
名前もないきみのために僕は自分の拳を汚した。
パチパチ。
木の上から手を叩く音がした。
見上げるとそこにはどうやって登ったのか芹沢が座っている。
「やればできるじゃない。まぁ、やり方に難ありな気はするけど…。とにもかくにも、これであの子も上にあがれる」
そういうと木から飛び降り僕の前に右手を差し出した。
差し出された右手の上で何かが鈍い光を放っている。
「これは…、一体」
「鴉はあの世とこの世を往復し、魂を導く鳥。死を乗せて黒く光る翼は忌み嫌われる不吉な証」
意味の分からない言葉を呟いて芹沢は右手を頭上にかざした。
一瞬鮮やかに光ってすぐに消えてなくなったその瞬間…。
『一番強く光るあの星がスピカ。優羽…。あなたの星ね』
忘れかけた声が聞こえた。
何が起こったのか分からないまま意識が遠のく。
「まだ始まったばかり。鴉は役目を果たせない。あなたが星を無くしてしまったから…」
哀しそうに滲む藍色がぼやけて消えた。
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