暴力と無抵抗の日々

5/6
前へ
/17ページ
次へ
出血のせいか若干ふらふらする足を引きずって家へとたどり着く。 「ただいま戻りました」 そんな他人行儀な挨拶をして僕はすぐに自分の部屋へと閉じこもる。 そしてすぐに机に向かい課題に取りかかる。 真面目なわけでも勉強が好きなわけでもない。 課題を提出しないことで教師に声をかけられるなんてまっぴらだからだ。 ふと机の上に置かれた写真立てに目を向ける。 『いいこね優羽くん。いつも一緒にいるからね』 『優羽って名前はね、パパがつけたのよ。優しい羽で愛する人を包み込める人になって欲しいって…』 頭に浮かんだ言葉。 無理やりに記憶の底に押し込み、苛立ちとともに写真立てを伏せる。 裏切り者…。 生涯許すことのない女性だ。 写真を見ることで憎しみを忘れないようにしている。 人間嫌いの僕。 憎むということはそれだけ対象に深く縛られているということなのに…。 ため息と共にノートを閉じベッドに横たわる。 そしてぼんやり今日の出来事を反芻しているとふと芹沢琉鴉の言っていたことを思いだした。 数を数えて辛いことをやり過ごした経験があいつにはあるんだろうか。 時間が必ずしも人を優しく癒やしてくれるとは限らないのに…。 あいつ最初からあんなやつだったんだろうか。 そこまで考えてふと気がつく。 そういえば僕の記憶には高3になるまでのあいつの記憶が全くない。 僕の高校は3年間クラス替えがない。 つまりあいつとは高1の時から同じクラスのはずだ。 存在認識が薄いとはいえ、あんな藍色の髪したやつを覚えていないとは全く僕の記憶もしょうがない。 そんなことを考えている自分が少し不思議だ。 他人が嫌い故に他人のことを考えることなんてない僕なのに。 まぁ、あいつは例外なのかもしれない。 初めてあいつの存在を認識した日。 それは忘れられない記憶だから。 あいつは殴られた僕を見てうっすらと笑っていた。 そして僕のそばに来て言ったんだ。 『あなたは面白いわね。私…あなたに決めたわ』 藍色の髪と冷たい笑顔。 それは覚えざるを得ない衝撃だった。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加