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おや、こんな山奥にお客人とは珍しい。道に迷いなさったかな。夜も更けて参りました。山道を無闇に歩くのは危ない、どうでしょう、一晩お泊まりになっては。
なぁに、困っているお方をお助けするのも寺の役目。ここいらの山には物の怪が出るとも言いますからのう。はは、麓の人々の口さがない噂ですじゃ。
こう見えて儂は昔はさるお大名様の小姓でした。花の顔と誉高く、小姓の役割は皆果たしました。……どこまで、とな。ほほ、全てですじゃ。お客人、まだお若いのにその道をご存知かな。
信じられんでしょうなあ、今となっては老いぼれた僧じゃ。髪もいつからか剃らぬともこの有り様。月日の流れは無情なものでして。
お仕え申し上げていたお屋形様には、一粒種の姫様がいらっしゃっての、お名前は吉濃様と仰いました。それはそれは美しいお姫様でなあ、儂も陰で叶わぬのに懸想などしておりました。いや、吉濃様はお屋形様に仕えておった若い男の憧れの的でした。儂だけではありませぬ。
吉濃様はお美しいだけでなく、学才もおありじゃった……。儂はたびたび吉濃様のお部屋にこっそりと招かれて、書や和歌を教えて頂いておりました。何にもなかったのか、とな。待女の目を盗んでのこと、とてもそのような勇気はありませぬよ。
吉濃様には加矢次郎晴賢様と仰る許嫁がおりました。隣国のお大名様の二の若様で、婿入りしていらっしゃる予定でした。吉濃様もそれは大層待ち焦がれていらっしゃった。儂にもよく晴賢様のお話をされておりました。
晴賢様も引き締まったお顔立ちの方でのう、そればかりでなく武芸にも秀でていらっしゃる。ある折りにわが城を訪うたときに、国いちと言われておった者と流鏑馬をなさったのです。晴賢様の正確に図星を射る、一本筋の通った弓使いには惚れ惚れとしたものです。
皆吉濃様とはよき夫婦になるだろうと思っておりました。
しかしながら、世は戦乱の只中……。そうはいきませんでした。浮世は何事も常ならぬのが常でして。
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