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歌っておるのは、髪の長い白い着物の女……。その場から遠ざかれば良いものを、顔が見たくなってしまいましてなあ、木の陰からじっと見つめておりました。女がこちらを見るのを待って。
その時、儂はここが一年前吉濃様を置き去りにした場所だということに気が付きました。窪みの中に座る女……。
不意に、女の顔がこちらに向きました。儂は目があった途端、桶を放り出して一目散に寺へと逃げ帰りました。そらお客人、真っ赤な口が大きく裂け、牙が覗き、額から二本の角を生やした恨めしい顔の女ほど恐ろしいものはありますまい……。
それから二月ほどしたころじゃろうか、加矢様のお城が一晩で全滅したという話を聞きました。いや、敵襲ではありませぬ。何でも国人から次々に夜叉が山へ逃げていくのを見た、という話が出てきたそうな。
死体は城の前に山のように積み上げられ、皆喉をひと掻き。その中に二体だけ、そうではない骸があったといいます。ひとりは晴賢様の迎えられた別の嫁御で、顔がわからなくなるほどに潰されておって、それは見るも無惨なお姿。もうひとかたは、首から上を持ち去られた晴賢様……。
結局、あの城で生き残ったのは晴賢様が待女に生ませたと言われる、寺院に預けられていた若君がおひとりだとか。
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