言えない言葉

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「もう、こんな時間じゃん」 そう言ってあなたは私に時間を示す。 時刻は3時30分をまわっていた。 いつの間にか過ぎていった 穏やかで心地よい時間。 こんなに時が過ぎてるとは思わなかった。 わたしを置き去りにしたtaxiは既に眠りについていて。 雨の気だるい空気だけがわたしを待っていた。 傘を片手に帰ろうとしたわたしに、 あなたは店の電気を消して 「送ってくよ」 と、優しく微笑む。 首を振る仕草は ただの飾り。 鮮やかに輝く雷と共に あなたの車に乗り込んだ。 BGMだけが静かに響く車内。 あなたはわたしの髪を優しく撫でて、 そっと唇を重ねる。 ねぇおぼえてる? あなたとわたしが 初めて一つになった日も 雨が降り続いていて taxiもなくて まるで今日と同じ状況ね。 何も変わらない状況を思い出して。 テールランプに照らされる あなたの横顔は すごく切なかった。 手をのばせば 触れられる距離にいるあなたが こんなにも遠い。 わたしはいつから 素直に言葉を伝えられなくなったんだろう‥。 あの時みたいに笑って 「うち来る?」 なんて言えなかった。 このまま時間が止まってしまえばいいのに。 このまま二人で夜を越えられたら‥。 そんな叶わぬ願いを 心の中でつぶやく。 きっと魔法使いだって、 この願いだけは叶えられない。 願いは儚く消え、 時は無情にも過ぎていき 気づけば見慣れた景色がわたしを迎えた。 サイドブレーキをひいたあなたの左手に わたしは右手を重ね あなたは応えるようにわたしの手を包み込む。 久しぶりに触れたあなたの手は 少し冷たくて、 懐かしい感覚を甦せた。 締め付けられた胸と こぼれそうな涙を 気づかれないように 絡み合った指を ひとつひとつ丁寧にほどいた。 「ありがとう。」 その一言だけを告げて、 ドアを閉めた。 闇の中に消えていくあなたの車を見送りながら、 わたしは涙を拭った。 降り続く雨が わたしの涙を隠してくれた。 あなたの温もりを思い出して、 あなたに言えなかった言葉を胸に閉じ込めて、 一人じゃ広すぎるベッドで 眠りにつく。
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