砂塵の都の来訪者

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「何か話して聞かせて?」 シオンは相変わらずうつ伏せのまま。 その傍らに座り、背中の包帯を取り替えながらルイーゼは言った。 血で固まった包帯を剥がすのは、そう容易な作業ではない。 肉を引っ張られるたびに、シオンは声を上げそうになるのを必死に堪えていた。 痛みに歯を食い縛りながら、小さな小さな声で応える。 「話す……って、何を」 「外の世界のこと。私、この町から出たことがないから、外の世界を知らないの」 自分のことを聞かれるのでは、という不安から解放され、シオンは内心ホッとした。 しかし、どこから話せばいいというのか? とりあえず……常識から。 「世界は四大陸で構成されて」 「それは知ってる」 「あ、そぅ……ッ!?」 べりっ、と。 背中から包帯が剥がれたのと、シオンが言葉を失ってベッドに倒れ伏したのはほぼ同時だった。 「ほんの少しだけど、お母さんから外の世界のことを聞いたことがあるの」 聞けば、字の書き方も計算の仕方も教えてもらったそうな。 手際よく消毒薬を塗り、新しい包帯を巻いていく。 シオンはぎこちなく首だけをルイーゼに向けた。 「……母親と暮らしてるのか?」 一瞬だけ目が合う。 左右色違いの瞳は、すぐに伏せられた。 「ううん、死んじゃった」 聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、シオンもつられて視線を落とす。 「……悪い」 ルイーゼは何も言わず、首を横に振った。 長いまつげの奥、青と緑の瞳に悲しみの色が浮かぶ。 見るだけで心が締め付けられてしまうな、そんな、切ない表情。 「ずっとひとりで、寂しかった」 最後の一巻きを終え、ルイーゼは締めの言葉のようにぽつりと呟いた。 ずっと、ひとり。 少々引っ掛かりを感じながらも、シオンは彼女のために何かできることはないかと思案し――望み通り話して聞かせることにした。 自分の知っている限りの、世界の様子を。 ちょこんと隣に座り、絵本を読んでもらっている子供のように、熱心に耳を傾けて。 少しでも時間があれば、朝も昼も、夜も。
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