プロローグ

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  リィン リィン…… 鈴の音が聞こえる。 その音色に誘われ、少女は闇夜の森を進んでいた。 痛いほどの静寂を破るのは、囁きかける鈴の音だけ。 片足を引きずり、夜露に濡れた草を踏み、茂みを掻き分け、ただひたすらに森の奥へと。 リィン リィン…… 頭上を覆う葉の隙間から、細く月の光が射した。 暗い緑を背景に、少女の姿がぼんやりと浮かび上がる。 淡い金の髪は銀色に近く、青白い顔は泥で薄汚れている。 剥き出しになった腕や足は傷だらけで、手首には赤紫の縄の跡がくっきりと浮かんでいた。 リィン…… 「あっ」 木の根に足を取られ、少女は短い悲鳴を上げて草の上に転がった。 腕を着くが、それきり立つことはない。 腱を傷つけられた片足を恨めしく見つめ、すすり泣きを始めた。 この足は。 走ることができないように。 逃げ出すことができないように。 「かわいそうな娘」 少女は顔を上げ、声の主を見た。 その瞳に映るのは哀願。 少女にとって、自分を助けてくれさえすれば、相手は誰でもよかった。 たとえ、それがヒトでなくても。 「たすけて……」 頼りなく細い声は、鈴の音に掻き消された。 声の主は、軽やかに少女の鼻先で羽ばたいた。 ヒトの形をしているが、手のひらに乗ってしまうほど小さい。 黒の薄羽は月光に透け、血の色をした瞳が少女を見据える。 「私がおまえを救ってやろう」 女性にしては低めの声だが、少女にとっては神の声にも聞こえた。 「契約を結べ」 「けいやく……?」 「私に、名を与えてくれるだけでいい」 ふわりと風が吹き、長い漆黒の髪がなびく。 赤い唇の端が、僅かに吊り上げられた。 「……カーラ」 少女が名を呟くと、黒髪の女は少女の周りをくるくると飛び回った。 「私はおまえの盾となり、剣となろう」 そして、再び少女の目の前で。 「もう誰にも、おまえを傷つけさせない」 シャン、と。 足首の輪が、涼しげに鳴った。
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