砂塵の都の来訪者

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「は……ハッ……」 荒い呼吸に合わせるように、ぼたりぼたりと血は落ちる。 剥き出しの背、右肩から腰にかけてを斜めに裂いた刀傷。 傷は肉を深く抉り、流れ落ちる鮮血が赤く砂を汚した。 男は進む。 北へ、北へと。 立ち止まることは許されない。 今、歩みを止めてしまえば、そこには死が待つのみ。 血の匂いに誘われた狼を切り捨て、返り血と自分の血とで半身を真っ赤に染めて。 その眼光は餓えた獣のものより鋭い。 短剣を握る手に一層力を込め、男は北を目指した。 いつしか、追い掛けてくる怒声は聞こえなくなっていた。 狼が仲間を呼ぶための遠吠えも、もう聞こえない。 風が運んだ銀の砂が、点々と続く血の跡を消した。 それはまるで、追っ手から男を守るかのように。 どれだけ進んでも風景は一向に変わらず、不毛な砂漠が延々と広がるだけ。 傷ついた背は熱を持ち、痛みに喘ぐ男が絶望しかけたそのとき。 砂丘の向こう。 遠目に見えた、町の灯り。 言うことを聞かない身体を引きずり、男は灯りを目指した。 ぼたり。 ぼたり、ぼたり。 砂漠を越えた先、ひび割れた大地が血を吸って赤く潤う。 男は足を止め、その両手から短剣が滑り落ちた。 ようやく見えた、町の門。 糸が切れたように、男はその場に倒れこんだ。 空を切り裂く月の光。 今宵の月は、赤かった。
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