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どうして自分がこんなところにいるのか。
この少女は何者なのか。
でも、それよりも。
「ここはエルピスか?」
ううん、と少女は首を横に振る。
「エルピスはもっと北。ここはヘスよ」
「ヘス?」
「砂の都ヘス。都なんて言うけどほんとはただの小さな町。西のオアシスって言えばわかるかな?」
「……西砂門か」
それだけ言って、男は黙ってしまった。
枕の端に頭を乗せ、じっとシーツを睨み付ける。
西のオアシスは、砂漠を抜けたばかりのところにある、言わば玄関口だ。
辺鄙な土地であるため交通も不便で、移動手段は徒歩しかない。
目指すエルピスがまだまだ先だと知り、男は落胆した。
こんなところで足止めを食うわけにはいかないのに。
早く、この町から出なければ。
早く、この大陸から離れなければ――
「レシェルから来たの?」
焦る男の心情を知ってか知らずか、少女が顔を近付けてきた。
その顔を注視できず、男は視線を脇に逃がす。
「……いや、砂漠から来た」
「砂漠を越えて来たの!? 砂漠は魔物がいっぱいなのに……。背中の傷って、もしかしてその時の?」
少女は驚いたが、無理もない。
ここ数年、砂漠の魔物が激増しているのだから。
大陸を北と南に隔てるロス砂漠。
命惜しさに砂漠を避ける者も少なくなく、商人や冒険者の減少とともに、北と南の交易は絶えてしまった。
つまり、砂漠を越えてきた人間はかなり珍しい。
「あんたには関係ない」
ぴしゃりと言い放ち、男はそれ以上何も話そうとしなかった。
傷のことを思い浮かべるだけで、背中が熱を持って痛んだ。
「……あんた呼ばわりしないで。私はルイーゼ。あなたは?」
関係ないの一言で切り捨てられ、ルイーゼの声が若干低くなる。
「……シオン」
男は呟き、首だけを反対側に向けた。
砂のような金色の髪が、白いシーツの上に広がった。
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