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一刹那
彼女の口許の左端がキュッと上がり,金属のような顔に,微笑んだかのような陰が出来たのを,卵香は見逃さなかった。
「…どうしたの?
食べなさいよ。」
「え…?
…あ…。 は, はい。」
今朝死んだばかりの精神病患者が作ったケーキを,食べる…
そう思うと,
自分の躯を,背骨沿いにツゥーっと,冷たい金属の棒か何かで愛撫されるような,うそ寒い不快感を覚えた。
ピンク色のクリームの壁をフォークで突き破ると,中から,ドロリとした,赤黒いジャムのような粘液が流れ出た。
「どう?」
「…………あ」
思わず声が漏れた。
「美味しい!
コレ,凄く凄く凄く,美味しいです!
何コレ,凄いっ!!!」
それは本当に,今まで口に入れた事のある全ての菓子の中で,間違いなくトップクラスに相当する味だった。
「凄いですね-…。
本当に,凄く美味しいです。
こんなに綺麗で美味しいお菓子を作れる人が精神病だったなんて,信じられない。
一体,何をしてこの病棟に入所なさった患者さんなんですか?」
向かい合ってケーキを頬張る,その女の金属じみた顔に
また
あの笑みが…
口許の左端だけをキュッとあげた,あの笑みが浮かんでいた。
「………人をね………」
「…え?」
「人を殺して
食べちゃったの。」
卵香は口に入れたフォークを停止させた。
「人を殺してね
アイスクリームケーキと,ゼリーと,ミートパイにして
食べちゃったのよ。」
声無く笑む
その横顔は歪んでいるのに何かが美しかった。
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