序章之一 愛別離苦

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 少女にとって、この部屋は一番の安らぎの場だった。  襖張り、畳敷きのさして広いとも言えない空間。  家具と言える物は隅にある小さな文机と箪笥に卓袱台ぐらいしかない質素な部屋だったが、物心付いた時からここで寝起きしているので、大して不満はない。  常ならば、厳しい修行や面倒くさい儀式で疲れた心と身体を休め癒やす安息の場である自室なのに、今の少女の心中には安寧どころか恐怖と混乱しかなかった。  暗闇の中、部屋の外から聞こえてくるのは虫の鳴き声ではなく、たくさんの怒号と悲鳴、そして木造の建物が焼けるようなパチパチという音のみ。  視覚ではなく聴覚でしかほとんど分からない状況が、さらに少女の恐怖を煽る。  とにかく、ここが火事に遭っている事だけは、建物の燃える音とわずかずつ上昇する室温から判断できた。  とは言っても、それが分かったところで少女には何の慰めにもならないのだが。 「うう……ぅ」  未知の恐怖に涙を流す事すらできず、額にうっすらと浮かぶ汗を拭う事もせず、少女は揃えた膝に顔を埋め、身体を震わせながら埒外の事態に堪え続ける。 「――おん、紫お―! 何処にいる、紫苑!」  部屋の外から自分の名を呼ぶ声に気付
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